中村喜久先生の思いがフィリピンで「かたち」に

小学校教師だった故・中村喜久先生の遺贈を受けて始まった中村基金教育プロジェクトによる中村奨学金。草の根援助運動では、5年前に台風で壊滅的な被害を受けたフィリピン・サマール島で活用することとして、現地の漁民組織に呼びかけ、2017年から事業をスタートした。今は10人の若者が、諦めていた夢を再び追いかけ始めている。

中村奨学金はフィリピン・サマール島の10人の若者に供与されました。10人の奨学生のうち2人はすでに卒業してマニラに住んでいます。 10人の奨学生のうち、ふたりの奨学生の今の様子を紹介します。村での生活や、現在の学業の様子、これからの夢についてきくことができました。小学校で教えたいという女性、中学で数学を教えるという女性、8人のうち5人が教員志望。みんな本当に熱意がいっぱい。

 

フ ィリピンでは小学校から英語を学ぶので、多くの子どもは結構英語が達者だ。しかし19歳の J は、やや英語が苦手らしい。生来の無口もあるようだが、あまり話さない。その理由は、調査に同行していた学生たちが雑談の中で聞き取っていた。 

 J は、漁師の家庭に育った。漁師の子どもは漁師になる。そう言われて子どものころから父の漁を手伝っていた。 

 漁師は夜暗いうちに海に出る。午前2時、3時という時間に起きて漁をしていると、朝戻るころにはどうしても眠くなってしまう。時には予想外にたくさんの漁獲があり、浜に戻るのが遅れることもある。そうして遅刻や欠席することが増え、登校しても教室で寝ていたりした。そうこうしているうちに、一時は小学校にまったく行かなくなってしまった時期があったという。 

 しかし漁師の仕事も厳しい。海が荒れたりすると漁に出られず、食べるものがなくなってしまうときもある。きちんと教育を受けて家族を助けたいと思い、なんとか地元のハイスクールに進み、父の手伝いを続けながらなんとか卒業した。 

 ここまでやってきたのだから、なんとか勉強を続けたい。そう思っていたときに、中村奨学金に出会って応募し、見事奨学金を受けることができて、今は大学でITの勉強をしている。自由に使えるパソコンがなくて苦労しているけれど、なんとかIT技術者になって親を助けたいと思っている。今も週末は父と漁に出て漁師を続けながら、勉強を続けている。