東ティモールはポルトガルの植民地であったが、1975年インドネシア国軍が侵攻し、武力で併合してしまいました。国連安保理がインドネシア軍即時撤退の要求を出すなど、当初国際社会もこの暴挙を認めない構えであったが、当時は冷戦下でもあり、西側諸国はしだいにインドネシアによる東ティモール併合を黙認するようになりました。

1998年、インドネシア民衆の革命を想起するような民主化運動によりスハルト政権が退陣すると、インドネシア政府は東ティモール住民による独立に関する住民投票を認めることになりました。1999年8月、住民投票は実施されました。住民の意思は独立であった。アジアプレスの記者として東ティモール入りしたのはその直後でした。

インドネシア政府は国軍を投入し、民兵を雇い破壊と虐殺を繰り返しました。その時、住民たちは民兵を組織し住民の身を守り、独立を勝ち取ろうとしました。アグスはその組織を訪ね、独立を求める人々の立場に立って取材を続けました。これらの写真はその時のものです。

 

掲載できなかった写真についてはぜひ、4月28日(土)29日(日)鎌倉路地フェスタのアグスカフェで御覧ください。