鎌倉では毎年ゴールデンウィークのころ、地元の住民による「路地フェス」というイベントが実施されている。P2はこの行事に昨年から「アグス・カフェ」という店舗名で参加している。今年は、4月23日、24日、29日、5月の1日の4日間にわたり開店した。住宅地の奥のわかりにくい場所にあるのだが、2年目となり路地フェスのファンや近隣の方たちものぞいてくださるようになった。29日はジャーナリスト2016aguscafe1_haejimasanとして東ティモールやナガランドを取材している南風島渉さんが東京からバイクで駆けつけてくださるというサプライズもあった。
アグス・ムリアワンは、P2と現地を取り結ぶ連絡員として活躍した。大学卒業後、インドネシア民主化運動の取材を皮切りにジャーナリストとして活動するようになり、インドネシアが長年武力支配をしていた東ティモールではインドネシア人でありながら独立派ゲリラの中に入り込み真実の姿を世界に伝えようと精力的に取材していた。しかし、1999年9月25日、独立が決まった住民投票後の騒乱の中、キリスト教会関係者と現地の人々に食糧と水を届ける活動をしている最中、独立反対派に撃ち殺され非業の死を遂げてしまった。「アグス・カフェ」は、東ティモールのフェアトレード・コーヒーを賞味しながら、アグスが命をかけて撮った写真を見て、東ティモールの歴史や現実、アグスの生き様や理想を知っていただこう、という試みである。そして、この試みは実を結びつつある。
アグスが亡くなってから今年で17年目になるが、今でも時々アグスが生きていれば、と思う。アグスは日本語が抜群にでき、日本社会に対する深い理解もあった。なによりも弱い側、差別される側に立って行動する優しさと正義感があった。生きていてくれたら彼からもっと多くのことを学ぶことができたろうし、何か一緒に素晴らしいことができたかもしれない。しかし、あのような形で逝ってしまった。私たちはそのアグスの足跡を追ってインドネシアや東ティモールに出かけて行った。そしてそこで私たちと同じようにアグスを慕う人々に出会い、思いを共有することができた。アグスは去ってしまったが、アグスを知る人と連帯し合い、アグスが抱えていた思いをいろいろな人に伝えていくことは我々の務めである。